先日は朝方から「保育園」と「不登校」という一見すると関係なさそうなワードがセットになって、私のタイムラインを賑わしておりました。中には感情的になって何やらしきりに虚空に向かってリプを飛ばしているフォロワーさんもおり、何があったのかなと思いつつも新しく買ったハイレゾ対応のイヤホンで聖子ちゃんの歌声を堪能していると、火元と思しきツイートが流れてきました。
3歳未満で保育園に入った子どもに、不登校児の出現率がきわめて低いとデータで出ている!!🙄
— メイ★1yワラビー🐾 (@mayquashie97) 2019年7月27日
0歳から預けてるママ!同士よ!
胸を張って生きよう!子どもは逞しいよー!!😭😭😭#保育士さんありがとう#ママさんお互い頑張ろう pic.twitter.com/3BoR11p0FF
なるほど、「保育園に預けて仕事に行くなんて子どもが可哀想」などという時代錯誤の批判や偏見に晒されながらも、信念を貫こうとするワーママさんたちの悲痛な決意が伝わってきます。
と同時に、率直に言って「こりゃ燃えるだろうよ」とも思いました。いま現に不登校の真っ只中にいる中高生や、不登校経験のある学生社会人、不登校の子をもつ親御さんたちにしてみたら、まるで自分たちを蔑んでいるツイートであるかのように受け取れてしまうからです。
とはいえ、我が家の娘にしてみれば「できることなら不登校になんかなりたくなかった」と日頃から申しておりますし、私個人としても元ツイ主さんの考えを殊更に取り立てて薪をくべるようなこともしたくないという気持ちでした。むしろ保育園に通わせるとか、そんなんで不登校にならなくて済むならぶっちゃけそっちのほうが楽だし、うちみたいにそもそもママがASDでテンパっているような家庭では、おいそれと #不登校は不幸じゃない などというハッシュタグを使う気にはなれないものです。
というより、「そもそも〈3歳未満で保育園に入った子どもに,不登校児の出現率がきわめて低いことを示したデータ〉とは、いかなる根拠に基づくのか?」「添付画像みたけど、サンプル数が異常に少ないし、(佐野ら,1984より)って昭和59年の論文だけど、前の前の時代の元号だけど古すぎない?」という、そっちの方の興味が湧いてきてしまいました。嗅覚というやつです。
出典を調べてみると、どうやら松田文子・高橋超『生きる力が育つ生徒指導と進路指導』(北大路書房,2002年)に引用されている、佐野勝徳, et al., 「生育歴からみた登校拒否の発生要因とその予防法について」,『児童青年精神医学とその近接領域』25, 285-295 (1984) だと言うことが分かり、早速近所の大学図書館で探し当てたところ、期待以上の可燃性でしたので以下に当該論文の概要をかいつまんでシェアさせて頂きたいと思います。
データ出典論文の前提と仮説
登校拒否は治療の対象
まず始めに、登校拒否が深刻な社会問題になっていて原因を究明することの必要性を訴えていますが、その目的は治療法や予防法を確立するためであると宣言しています。掲載されたのも日本児童青年精神医学会の機関誌ですし、要するに不登校はほとんどビョーキであるという前提に立っています。当然、登校拒否は家庭内暴力や非行などと同列の、「問題行動」という扱いです。
原因は子どもの不十分な発達と親子関係
また、登校拒否児の保護者についての先行研究を踏まえると、「父親は無口で内向的な弱いタイプ、母親は依存的で社会性に乏しい心配症なタイプが多い」のだそうです。こうした前提に立ち、著者たちはひとつの仮説を立てます。すなわち、「登校拒否の原因は子どもの発達が不十分だからで、結局は親がちゃんと育ててないからじゃないのか」的な発想です。
このことを実証するために、データが集められたというわけです。
調査の方法
アンケート用紙(質問紙)の送り先として調査対象となったのは、関西と四国の4府県の5つの市にある小中学校と児童相談所・市立教育研究所です。回答者は学校の先生や児相の相談員などで、子ども本人や保護者ではありません。
ここに一つの重大な問題があります。教育問題ではおなじみの内田良さんが注意喚起しているとおり、不登校の原因調査には2種類あり、通常知られている学校を対象にした調査と、不登校を経験した本人への調査とで、大きな食い違いが存在するのです。それもそのはず、学校や教員が原因で不登校になったとしても、文科省から教育委員会を通じで回答を迫られる調査に対して、学校側としても馬鹿正直に「自分たちが原因です」とは言えないであろうことは容易に想像がつきます。実際に、下記の記事に示されたデータがその心理を如実に示しています。
不登校「先生が原因」 認知されず ―学校調査と本人調査のギャップから考える(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース
また、調査を行った時期が今から36年前というのも見逃せません。1983年(昭和53年)といえば、聖子ちゃんの「天国のキッス」がYMOの「君に胸キュン」と1位を競っていたころ、日本シリーズでは西武と巨人が連日の逆転・サヨナラの死闘を繰り広げた年ですね。小包中納言、小学生でした。加えて、肝心の保育園の入所率となると、さらにさかのぼって昭和50年・48年・45年のデータを使って算出しています。昭和45年、私まだこの世に生を受けておりません。
これが単に、データが古いというだけで、何らかの普遍性のある社会現象を扱っているのならまだ疑問を挟む余地はなかったでしょう。しかし、戦後の高度成長期からバブル経済前夜という時代は、2019年現在の社会環境とあまりにも違いすぎます。その最大の相違点が保育所の入所率です。
論文の調査対象となった地域での当時の3歳未満保育所入所率は16%, 4%, 20%, 6%などとなっていますが、昨年の全国統計では実に47%にまで増加しています。
https://www.mhlw.go.jp/content/11907000/000350592.pdf
つまり、調査当時はまだ珍しかった3歳未満で保育園に入った子どもが、現代ではかなりの割合で増加しているのですから、論文の結論が現代でも適用できるのであれば、不登校の児童・生徒が全国的に激減しているはずです。ところが、どうやらそう減ってはいない。ここを説明できない限り、現代における不登校支援の文脈で引用するには不適切な論文であると言えましょう。
調査の結論
ここまで読んできた方は、もはやこの調査から導かれる結論や提言を額面通りに受け取るつもりはないとは思いますが、論文が発表された昭和59年当時の懐かしい雰囲気を興味本位で振り返ってみることにしましょう。
まず、「拒否行動のきっかけは,<友人とのトラブル><先生に注意された>など,ささいな出来事によるものが多かった」とさらりと述べられていますが、これ、いじめとか軽犯罪とか、教員による指導死にも繋がりかねない話で、現代的な不登校対策の観点からは、とてもじゃないけど「些細な」で片付けれられるものではありませんよね。
また、「登校拒否児は自己主張することができない内向的傾向を持ち,社会性が未熟なため他に依存したり,わがままに陥りやすくさらに神経質な面を持つため友だちや教師のささいな言動にも傷つきやすい」「登校拒否児は,ほとんどの子どもが簡単に乗り越えられるちょっとした出来事に対しでも,挫折してしまうほど自我の弱さを持っていることが示唆される」とこれまた随分な物言いでDisりまくっています。「不登校は特定の子どもに特有の問題があることによって起こることではなく、誰にでもおこりうる」という今の文科省の見解とは全く正反対ですね。 不登校への対応について:文部科学省
さらに、「父親では,〈とくに問題なし〉が最も多く,ついで,盲従・溺愛型,態度にむらがあるもの,厳格・支配的なもの,拒否的なものの順」「母親では神経質が最も多く,盲従・溺愛型,態度にむらがあるものと続く」とまあ散々な言われようなわけですが、最終的な提言でも、3歳未満で保育園に入れる効果を「登校拒否児の両親の養育態度の特徴である過保護,盲従・溺愛,あるいは神経質的な傾向を改めさせ,ひいては健全な親子関係をつくりだす働きをしている」のように、徹頭徹尾「不登校は親の育て方の問題」という一貫した主張を繰り広げています。
まあ、昭和の雰囲気って、そんな感じでしたよね。
「0歳から預けてるママ!同士!」の方々へ
もしいまこの記事を読んでいる3歳未満の子をもつ親御さんが、我が子を不登校にさせたくない一心で保育園に入所させたとしても、期待したような結果にならず、落胆することになるかもしれません。お姑さんの「それみたことか」という顔が浮かびますね。しかし、子どもが仮に不登校になったとしても、もはや不登校は問題行動ではないと国も認めています。そんなことで子どもの価値が損なわれることはない時代なのです。
あるいは、「保育園に預けて仕事に行くなんて子どもが可哀想」という周囲からの無理解に対抗したい親御さんには、むしろ上の「保育所等待機児童数及び保育所等利用率の推移」のデータを相手に提示して、「いまはこれが普通なんです」と胸を張って反論の材料としてほしいものです。
それと、お子さんがもし不登校になったら、ブログやTwitterで吐き出すといいですよ。どこからともなく「うちもそうだった」「うちの子も不登校だ」という同世代のアカウントが寄ってきては、いろいろと話を聞いてくれたり的確なアドバイスをくれたりして、我が家もとても助かっています。